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東京高等裁判所 昭和59年(う)1243号 判決

被告人 稲葉義明

昭五・七・二七生 会社役員

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人戸田謙、同高橋美成及び同青木秀樹共同作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官津村節蔵作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意第一点(憲法二二条一項違反の主張)について

論旨は、要するに、宅地建物取引の無免許営業を刑罰をもつて処罰しようとする宅地建物取引業法(以下「宅建業法」という。)七九条二号、一二条一項は、宅地建物の購入者たる国民が不測の損害を蒙ることのないようにしてその利益を保護することを目的とするものと解されるところから、少なくとも、本件取引のうちの「仕入」とされているもののように、業者が購入者となる場合については、右保護の対象にならず、無免許営業として処罰する必要性はないのに、これをも含め、広く規制の対象としている点において、憲法二二条一項の保障する職業選択の自由に対し、警察権能としての規制が許容される要件である必要最小限の原則に反するものであるばかりでなく、右規制の違反に対する罰則が重きに失する点において、合理性を欠き、同じく規制目的と規制手段の合理的関連性の原則に反するものであつて、本件に右規定を適用するのは、憲法二二条一項に違反する旨主張する。

そこで検討するに、宅建業法は、一二条一項において、三条一項所定の免許を受けないで宅地建物取引業を営むことを禁止し、その違反に対しては、七九条二号において、三年以下の懲役若しくは三〇万円以下の罰金(本件当時。その後昭和五五年法律第五六号により五〇万以下の罰金に改められている。)又は併科の罰則規定を置いており、これらの規定が、憲法二二条一項の保障する職業選択の自由に対する制限となるものであることは否めない。

しかしながら、憲法二二条一項も、「公共の福祉に反しない限り」において職業選択の自由を保障しようとするものであるところ、宅建業法は、「宅地建物取引業を営む者について免許制度を実施し、その事業に対し必要な規制を行うことにより、その業務の適正な運営と宅地及び建物の取引の公正とを確保するとともに、宅地建物取引業の健全な発達を促進し、もつて購入者等の利益の保護と宅地及び建物の流通の円滑化とを図ること」を目的としており(同法一条)、宅地建物に対する国民の需要が増大し、その公正な取引と円滑な流通が国民生活上緊要となつている社会経済の状況のもとにおいて、その取引を業として営むことを自由にし、無免許営業を放任した場合には、悪質な業者等が不当な取引を行うなどして、一般国民に対し不測の損害を蒙らせ、宅地建物の取引の公正、ひいてはその流通の円滑化を害し、国民生活に多大な影響を及ぼす恐れがあり、公共の福祉に反するところから、これらの弊害を未然に防止する必要があることはいうまでもないところである。そして、前記目的を達成するためには、宅地建物の取引を業として営む者について、その営業の内容等について一定の規制をするのみでは十分とはいえず、免許制をとり、一定の資格要件を具備する者に限つて右営業を行うことができることとし、悪質あるいは不適格な業者が取引に介在することのないように、予めこれを排除するとともに、監督官庁において、その実態を把握し、行政上の監督権を適切に行使することができるようにする必要性と合理性があることは明らかである。また、右のような規制の趣旨目的にかんがみると、免許制による規制を実効あらしめるため、無免許営業の違反行為に対し、刑罰をもつて臨むこともやむをえないところであり、どのような刑罰を科するかは立法政策の問題であつて、同法七九条二号に定める程度の刑罰を法定することも合理的な立法裁量の範囲内にあるものというべきである(最高裁判所大法廷昭和二八年三月一八日判決・刑集七巻三号五七七頁、同昭和四〇年七月一四日判決・刑集一九巻五号五五四頁、同昭和五〇年四月三〇日判決・民集二九巻四号五七二頁等参照)。

所論は、宅建業法の目的を購入者の利益の保護にあるとし、その観点から業者自体が購入者となる場合については、免許制度による規制の対象とすべきではない旨主張するが、業者自体が購入者となる場合においても、不当な売買価格を押しつけるなどして、取引の相手方に損害を蒙らせることがありうるばかりでなく、その取引から、転売その他の取引が派生することによつて、さらに一般需要者たる国民が関係し、その利害にかかわつてくることが考えられ、このような事態にもかんがみ、同法は、購入者等の利益の保護とともに、広く国家社会的見地から、宅地建物の流通の円滑化をもその目的としているものというべきである。してみれば、単に購入者が業者であることの一事をもつて、当該取引を免許制による規制の対象外とすべき合理的な根拠があるとはいえない(ちなみに、所論が援用する東京高等裁判所昭和五六年一月二八日判決・判例時報九九六号七六頁は、同法三八条、三九条、四二条との関係での判断に過ぎず、右判断から免許制に関し所論主張のような結論を導き出すことはできない。なお、東京高等裁判所昭和五一年五月六日判決・同裁判所判決時報二七巻五号五九頁参照)。

叙上の説示から、宅建業法一二条一項、七九条二号が所論の必要最小限等の原則に反するものではなく、右規定を本件に適用することが憲法二二条一項に違反するものでないことは明らかであつて、所論は採用することができない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意第二点(憲法三一条違反の主張)について

論旨は、要するに、原判決は、被告人が無免許で本件各取引に及んだものであるとして、無免許営業の罪が成立するものとしているが、右取引は、いずれも、静岡県知事から宅地建物取引業の免許を受けている大和住宅株式会社(以下「大和住宅」という。)の行為としてなされたものであつて、大和住宅は、その免許の取消処分を受けていないのであるから、右各取引を無免許者の行為とするのは、無免許者の概念を不当に拡大解釈するものであるのみならず、行政行為の公定力を否定するものであり、また、宅建業法は無免許営業を処罰する規定とは別に免許不正取得罪の規定を置いているのに、その規制体系を全く無視して、民事上の取引の相手方を保護するための理論である法人格否認の法理を刑事法の領域に持ち込んだものであつて、本件に同法七九条二号、一二条一項を適用するのは、罪刑法定主義に反し、デユープロセスを規定する憲法三一条に違反する旨主張する。

しかしながら、原判決は、所論にいう行政行為の公定力を否定して、大和住宅に対する静岡県知事の宅建業法上の免許が当然に無効であるとしているわけではないことは判文上明らかである。また、本件の場合、大和住宅に関しては、同法七九条一号の免許不正取得罪に問擬されうるとしても、被告人個人については、自らの名義で免許を不正に取得したものではないから、直ちに免許不正取得罪の成否が問題になるわけではなく、単に、大和住宅の従業者等として、同社の業務に関し、右免許不正取得の違反行為をしたものとして、同法八四条の両罰規定により処罰されうるに過ぎず、これと被告人自身の行為として問われている無免許営業の罪とは別罪の関係にあり、別個独立に論ずべきものであることは、各構成要件の規定から明白である。そして、原判決が本件各取引を大和住宅の取引であるとした上で、これを無免許営業としたものであれば格別、そうでないことも明らかであつて、原判決は無免許者の概念を不当に拡張したものであるとする所論は、前提において失当というほかはない。

しかして、被告人について無免許営業の罪が成立することについては、後記三、四において説示するとおりであり、本件につき、被告人を宅建業法七九条二号、一二条一項の無免許営業罪に問擬した原判決は正当であつて、何ら罪刑法定主義に反するものではなく、憲法三一条違反をいう論旨は理由がない。

三  控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、本件各取引は、被告人が、大和住宅の実質上の経営者ないし責任者たる従業員として、同社のために同社の計算においてしたものであるのに、原判決がこれを被告人の名義借りによる無免許営業と認定したものとするならば、原判決は、事実を誤認したものである旨主張する。

しかしながら、原判決挙示の関係各証拠によれば、本件各取引を被告人の無免許営業と認めた原判決の事実認定は、これを優に肯認することができ、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査して検討してみても、原判決に所論の事実誤認があるとは認め難い。

すなわち、まず、関係証拠によれば、概ね原判決が判示するとおり、次のような事実を認めることができる。

被告人は、もと、富士美土地株式会社の代表取締役として、同社の名義で静岡県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営んでいたが、顧客から預つた土地買収資金のうち一億九〇〇〇万円余りを着服横領するなどして、昭和五一年二月二日に静岡地方裁判所沼津支部において、業務上横領罪等により懲役三年、五年間執行猶予の有罪判決を受け、その裁判の確定した同月一七日からの宅建業法所定の期間(昭和五五年法律第五六号による改正の前後を通じ、被告人については八年間)は、被告人個人の名義では勿論、被告人が役員等をする法人の名義でも同法による営業の免許を得ることができなくなつたところから、同法による営業資格に関する制限(五条一項三号、七号参照)を潜脱する目的で、新会社を設立し、同会社が被告人と何らのかかわりをももたないかのように装つて、これに宅地建物取引業の免許を取得させ、右会社の名義で宅地建物取引業を営むことを企図し、もとの妻であつた田口益代の実父である田口光一に頼んで、同人からその名前を使用することの承諾を得て、被告人が資本金の八〇〇万円全額を事実上拠出し、昭和五一年八月一六日に田口光一を名目上の代表取締役とする大和住宅株式会社と称する新会社を設立して登記手続をした上、かかる内実を一切秘匿して関係官庁に対し宅地建物取引業の免許の申請手続をし、同五一年一〇月ころ、同会社につき静岡県知事から右営業免許を得た。そこで、被告人は、同社の名義で宅地建物取引業を開始し、宣伝、広告から取引契約のみならず、法人税の確定申告等に至るまで、対外的な関係ではすべて同社の名義で行い、各取引は事務員をして同社の元帳等に記帳整理させ、自らは、表向きには格別の役職にもつかなかつたのであるが、実際には、同社の代表取締役たる田口光一や他の役員らはいずれも名目上のものに過ぎず、被告人において、右役員らには一切諮ることなく、専ら被告人自身の判断のもとに、業務の全般にわたり、事業運営の一切を管理掌握し、自らの信用と責任において、顧客との応対、折衝など直接その衝にあたつて各取引をし、収益の処分、経費の支出をもしており、本件各取引についても、同様の状況のもとにおいてなされたものである。叙上のような事実を認めることができる(右認定に抵触する被告人の原審公判廷における供述や宮脇安子の原審証言等の証拠は、被告人及び右宮脇や本件各取引の相手方らの捜査官に対する供述調書等の関係証拠に照らし、措信し得ない。)。

右のような事実関係に徴すると、本件各取引はすべて大和住宅の名義で行われ、その責任及び計算においてなされた形式がとられてはいるものの、大和住宅の営業といつても、実質において被告人個人の営業と何ら択ぶところはなく、被告人は、所論のいうように、大和住宅の実質上の経営者ないし責任者たる従業員というに止まるものではなく、大和住宅の名義を仮装してこれを利用し、その実は自らの責任と計算において右各取引を行つたものであることは明白であり、右のような営業の実態に照らし、これを被告人個人の営業と認めた原判決は肯認するに足りるものというべきである。大和住宅の元帳等に本件各取引が記帳され、同社の名義で法人税等の確定申告がなされているからといつて、直ちに、所論のように、右各取引が同社の計算においてなされたものということはできないなど、所論がるる論難する点はいずれも右認定を覆すに足りない。

原判決に所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

四  控訴趣意第四点(法令適用の誤りの主張)について

論旨は、要するに、原判決は、本件を名義借りによる無免許営業という通常の類型に該当するとするものでないとするならば、免許欠格者たる被告人が法人格を濫用して法人免許を大和住宅に取得させ、実質上の経営者として、会社を切り回す行為につき法人格を否認する法理を適用する判断を示したものと解されるところ、右法理は、刑事法において適用することが許されないのみならず、本件被告人の行為については、不正免許取得罪という構成要件が用意されていて、右法理を適用すべき「法の欠缺」はなく、無免許営業罪に該当するとした原判決は、法令の適用を誤つたものである旨主張する。

しかしながら、前記三において摘示したとおり、本件取引は、被告人において、無免許営業の禁止規定の適用を潜脱する目的で、大和住宅の名義を仮装しこれを利用して行つたものであつて、実質的には、被告人個人がその責任と計算において、自己の利益のためにしたものであることは明白であり、このように、宅地建物取引業の免許を有しない者が、宅建業法による無免許営業の禁止規定の適用を潜脱するという脱法目的で、右免許を有する他人の名義を利用し、その名のもとに、営利の目的をもつて、同法二条二号所定の宅地建物の売買等の取引を反復継続して行つた場合において、その行為が、取引の損益及び責任の帰属、収益の処分等の実態に照らし、実質上当該行為者のために、その計算においてなされたものと客観的に認められるときには、その者は無免許で営業を営んだものというべきであり、これと同旨の原判断は正当である。

所論は、右のような原判決の判断は法人格否認の法理を認めるものであるとし、宅建業法の関係では、本件のような場合に備えて、無免許営業罪のほかに免許不正取得罪を置いているところから、右法理が適用されるための前提たる「法の欠缺」がないばかりでなく、この法理により被告人を無免許営業罪で処罰するのは、法人の場合の免許の不正取得とその従業者の無免許営業の関係を意図的に分断するものであつて、二重処罰の禁止に触れ、また、類推解釈の禁止に反する旨などるる論難主張するが、原判決が所論のいう法人格否認の法理を認めるものであるかどうかはともかく、被告人につき、無免許営業罪が成立するものとした原判断は正当であり、かつ、免許不正取得罪との関係で論ずる所論が理由がないことは、前叙の説示から明らかである。

原判決に所論の法令の適用の誤りがあるとはいえず、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 草場良八 半谷恭一 龍岡資晃)

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